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少女を幸せに愛せる素晴らしき現代

たまごまご様がまたも興味深い所突いてきましたので語ります。語らせてください。

たまごまごごはん ロリコン向け、少女性満載の映画や文学を見てみよう。

室生犀星読んだこと無いなー。すごく俺好みっぽい。ちょっと手にとって見る。
参考:隠れ蓑様 室生犀星「或る少女の死まで」

なんというか、夢野久作「瓶詰めの地獄」(これ、ロリータとは違う気がする)とか澁澤龍彦「人形塚」とかをロリータ的観点から語るという、ちょうど自分のツボにはまるエントリでして、コメント欄で熱く語りそうになりましたが、なんだか場違いな気がしましたのでここでつぶやきます。
コメント欄は映画の話になってるしね。
関係なくも無いけど

少女を"かわいらしい・美しい"と思いただ眺めるだけの人(ロリコン)と少女を性的対象としてしか見ていない人(ペドフェリア)は似て非なるものだったりします。

(当記事の「落伍者」様のコメントより抜粋)
こういうの見るたび、少女とSEXしたいとは思わないけど、少女のかわいらしさ・美しさに「性的」興奮を覚える自分はロリコンなのかペドフィリアなのか悩んでしまいます。
まあ美しさには裸も含まれてしまうのでペド寄りのロリってことで。
どうでもいいですね。
っていうかいつも少女のおっぱいおっぱい言ってる自分がSEXしたくないとか何突然奇麗事言ってるんだって話ですね。すいません。
でもおっぱいをいじりたいというのとSEXしたいというのは別の衝動だと思うんだ。
でもおっぱいもんでちんこ勃たないというわけでもないから……うーん、やっぱり同じところなのかなー。難しい。少女とのSEXは(物理的に)無理でもおっぱいまでなら揉めるからそういう発想になるのだろうか。まあ面白くも無いネタなんであんまり考えないことにしよう。

いつものことながら話がずれた。
で、コメント欄に30分くらい向かい続けて気づいたことは、ルイスキャロルになりたかったなー、ということではなく、このあたりの日本文学的に語られるロリータって、いつも暗さというか、狂気性を孕んでいる、ということなんですよね。

森鴎外にしろ、川端康成にしろ、谷崎潤一郎にしろ、常に日本文学、というかこのあたりの作家が少女を描く際は何かしらの狂気が付きまとってくる気がします。
ヤンデレ好きなんで、気のふれた女の子は大好物ですが。いや、そういう話ではなく。
そもそもヤンデレ好きな理由はこういった気のふれた女の子が出てくる作品が既に昔からあって、それに自然に触れたからだしー。
本当何ででしょうかね。少女を愛するということは即ち狂気の沙汰ですよ、ってことですかね。
いやな話です。

ひるがえりて、海外を見ると、不思議の国のアリスですからね。
これもやっぱり狂気の世界。
だけどどこか、のんびりとした、ゆるやかで暖かい狂気です。
ここら辺、文化の違いかしら。
日本はペド文化で欧米はロリ文化ってことかな。
どちらにせよ、何か暗いイケナイものは漂ってきますね。

いやあ。鬼束直みたいな普通の世界で普通の少女と普通に愛し合える世界を描ける時代に生まれて本当に幸せですねー。というオチをつけたかったんだけど、まとまりませんでしたー。
ロリ物だから暗くしようとかそういうのは本当にやめてよね、と言いたいんだ。
いつも言ってるけど。

むー。もっと面白いこと書きたくて3日間くらい書いては消し書いては消ししたけどこれが限界か。
公開しちゃおう。後悔しちゃおう。

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